発火

 無理やり会いに行った手前、距離をこちらから詰めるのはダメだと思った。彼のペースを見るべきだと。
 彼は一人分の空間を維持している。表情はとっくに作れていない。まだ、触れた先を怖がって、触れたいという感情と戦っている。
「手、握ってもいい?」
 その場から動かずに、声だけをかけた。揺れていた目線がさらに揺れて、手元が悩んで、口元をキツくして、悩んでいた手が恐る恐る私に向けられた。よかった、と柔らかい息を吐いて、彼を驚かせない程度の速度で、彼と私の真ん中に手を出す。
 体温を感じるより前に、なめらかではない肌を感じて、男の人の手だなあ、と思った。その先を考えた握手ではなかったから、動揺の混じった彼からの力をどうしたもんかなと少し頭を揺らした。
「……ごめん、限界」
「え」
 手を握っていた力が急に強くなり、体を引き寄せられた。バランスを崩す私は彼の腕の中に収まる。驚いて彼を見上げる。手近な壁に押さえ付けられて、視界がゼロになる。
「そと、……」
「五分だけ」
 発火した彼の動きを止められるほど私は強くない。止める気がないからここに来た。周りの視線を考える暇もない五分間が始まった。